頑張らないほうが、うまくいくこともある
頑張っているのに、なぜか報われない。
努力すればするほど、空回りしてしまう。
あなたにもそんな経験は、ありませんか。
実は以前の私も、そうでした。
歯を食いしばって、必死に頑張って、それでもうまくいかない。
「まだ努力が足りないんだ」と、さらに自分を追い込んでいました。
うまくいかない原因を自分の努力不足だと思い込んでいたんですね。
でも、あるとき気づいたんです。
うまくいかなかったのは、頑張りが足りなかったからじゃない。
むしろ、頑張りすぎていたからだったのかもしれない、と。
力めば力むほど、空回りする
不思議なもので、人は力が入りすぎると、かえって本来の力を出せなくなります。
スポーツでも、ガチガチに緊張しているときほどミスが増えますよね。
肩の力が抜けて、リラックスしているときのほうが、驚くほどうまくいく。
心も、まったく同じです。
「絶対にうまくやらなきゃ」と気負っているときは、視野が狭くなり、焦りばかりが募っていきます。
その状態では、いい流れはなかなかやってこないんです。
そもそも「頑張る方向」が違っていたのかも…
そしてもう一つ、大切なことがあります。
苦しいほど頑張っているとき、私たちはよく「合わないこと」を無理に続けていたりします。
本当は向いていない場所、自分をすり減らすやり方。
それを気力だけで乗り切ろうとするから、どれだけ頑張っても報われないのです。
頑張ること自体が悪いのではありません。
頑張る「方向」が、自分に合っていなかっただけ。
だから、うまくいかないときこそ、一度立ち止まってみてほしいのです。
「これは、無理して頑張るべきことなのかな?」と。
「頑張らなきゃ」は、刷り込まれたものかもしれない
そもそも、私たちはなぜ、こんなにも頑張ってしまうのでしょうか。
それはきっと、子どもの頃から「頑張ることはいいことだ」と、くり返し教えられてきたからです。
頑張ればほめられ、手を抜けば叱られる。
そうやって育つうちに、「頑張らなきゃいけない」が、体の奥深くまで刷り込まれていきます。
だから、少し力を抜くだけで、罪悪感がわいてくる。
「怠けているんじゃないか」と不安になる。
以前の私も、まさにそうでした。
でも、その「頑張らなきゃ」は、本当にあなた自身が選んだものでしょうか。
もしかすると、いつのまにか刷り込まれた思い込みを、自分の意志だと信じ込んでいるだけなのかもしれません。
力を抜いて、自然体でいられるほうへ
私自身、必死にしがみついていたものを手放して、自然体でいられる方を選んだとき、少しずつ物事が回りはじめました。
不思議なくらい、力を抜いたほうがうまくいったんです。
がむしゃらに気合や根性論で押し進めるのをやめて、心地よいと感じるほうへ、流れに逆らわずに進んでいく。
そうすると、必要な出会いや、思いがけないチャンスが、不思議と向こうからやってくるようになりました。
まず、「もう十分頑張ってきた」と認めてあげる
力を抜くために、その前にひとつ、してほしいことがあります。
それは、自分に「もう十分頑張ってきたね」と、声をかけてあげることです。
「まだ足りない」と前ばかり見ていると、これまで積み重ねてきたものが見えなくなってしまいます。
でも、ここまで読んでくださっているあなたは、きっとずっと頑張ってきた人のはずです。
十分すぎるほど、よくやってきたはずなんです。
誰かにほめてもらうのを待たなくていいんです。
まず自分で、自分の頑張りを認めてあげてください。
「よくここまでやってきたね」と。
その許可を自分に出してあげたとき、人は初めて、安心して肩の力を抜けるのだと思います。
頑張らないことは、あきらめることじゃない
誤解しないでほしいのは、「頑張らない」というのは、投げ出すことでも、怠けることでもないということです。
それは、無理な力みを手放して、自分に合った自然な流れに乗るということ。
歯を食いしばる頑張りから、肩の力を抜いた自然体へ
そう切り替えるだけで、同じ毎日がずっと軽くなります。
もし今、頑張っているのに苦しいなら。
それは、あなたが弱いからではありません。
ただ、力を抜いていいというサインなのかもしれません。
一度、ふっと肩の力を抜いてみてください。
案外、そこから物事が動きだすものですよ。

